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耳元で囁くは 毒にも似た 甘い罠。 どうか、キミが捕まりますよう 心から願いをこめて。 罠にかかりにおいで? 前 には会社の人にも友達でさえも、 それこそ文字通り誰にも内緒にしているお気に入りの場所があった。 「こんばんは、マスター。」 お決まりの台詞にお決まりのお酒、ちなみに座る席もカウンターのいちばん端と決まっている。 「いらっしゃいませ、さん。」 マスターのテンゾウさんはそう言った後、頼まなくても私のお気に入りのお酒を静かに出してくれる。 それが私の唯一のお気に入りの場所。 バーであるここは、表通りを一本入った所に位置し 見つけたのもたまたまふらふらと当てもなく歩いていたからで。 普段なら絶対入れないような場所なのに、その時は不思議と興味引かれて。 勇気を振り絞った結果、見事にそこは誰にも言わないの秘密の場所となった。 「今日は機嫌がいいみたいですね、さん。」 「そう?ふふふ、ちょっとね。ここを見つけた時の事を思い出してたの。」 「あぁ、それで?」 「かな。あの時ない勇気振り絞ってなかったら、テンゾウさんとは出逢えなかったんだなーと思うとね。少し嬉しくなっちゃって。」 テンゾウは思わずグラスを拭く手を止めた。 「またまた、ボクなんかをからかわないで下さいよ。」 心なしか、その頬はほんのり赤い。 照明が薄暗いせいで、には見えないが。 「あはは。」 そんな2人を見つめる人が1人。 カウンターにいるからかすかに視界に入る奥の窓際の席に 白銀の髪の毛にスーツ姿の男がいつも1人静かに佇んでいた。 はふと視線を感じそちらに目を向けると、その彼は窓の外を見ている。 いつも見られてる気がするんだけど・・・・アタシの気のせいかな? そんなのも含めて、この空間全てがのお気に入りとなるのに大して時間はかからなかった。 「いらっしゃいませ、さん。」 「こんばんは、マスター。」 がいつもの席に座ると、いつも視界に入る彼がいない。 今日はいないんだ。 会話を交わした事は一度もない。 白銀の彼は自分のテリトリーを主張するかの様に、いつもそこにいたから。 その雰囲気は、マスターのテンゾウさん以外何者も触れてはいけないような印象を受けた。 いないならいないで気になるな。 「気になりますか?」 そんなの心を見透かしたように、テンゾウは問いかける。 「え?!あ、えとーあの。」 図星だったのか、慌てるにクスクスと笑うテンゾウ。 「カカシさん、とおっしゃいましてね。」 「・・・そうなの。」 「ボクの大学の先輩で、ボクが大学を卒業してここを親父に任された日からずっと来てくれてるんですよ。」 「へぇー。」 「今日は来ないみたいですね。」 「そ、ソウデスネ。」 別に後ろめたいとかやましいとかそんなわけでもないのに、 気恥ずかしさからアタシはテンゾウさんの目を見れなかった。 ここに来る人は常連のお客さんがほとんどで、今日は平日といいこともあってアタシを含めても客は2人しかいない。 でもそんな落ち着いた雰囲気と、同い年くらいで話しやすいマスターがお気に入りでいつしかもここに通う常連客になっていた。 そんな中でもが知っているのはマスターと、一度も話したこともないいつも見かける白銀の彼。 「今日はもう帰るね。」 はそう言って、カウンターにお代をおいた。 「ありがとうございます。帰りはお気をつけて。」 「ん、ありがとう。また来ます。」 「はい、いつでもお待ちしてますから。」 じゃあね、とは入ってきた扉から外に出ようとした。 すると手をかけた扉は勝手にの身体ごと奥に引かれ、は思わずバランスを崩した。 「っ?!」 そのまま倒れてしまうと身構えたが、いつまでたっても思っていた衝撃は訪れず 代わりに柔らかな感触がを包んだ。 あれ??? 驚いて顔をあげると、そこには先ほどテンゾウとの会話にあがったその人で。 「ちょうど開けるとこだった?ごめーんね。」 初めて聞いた彼の声は の耳に確かに入っている筈なのに、全然聞き取れないのは何故なのか。 少しかすれた低音で、 「あれ、どっかぶつけた?」 なにこの甘い声。 脳ミソに直接響く感覚にはしばしすべての機能を停止してしまったらしい。 動けない、 しかも言葉が口から出てこない。 首を傾げてアタシに目線をあわせる様子は、流れるようにしなやかだった。 「あ、あの大丈夫です。こちらこそすみません。」 「いーよ。扉開けたらキレーなオネーサンが胸に飛び込んでくるんだもん。オレ場所間違えたかと思っちゃった。」 「先輩、お客さま口説くの止めてください。」 「はいはーい。んじゃ、またね。」 カカシはに軽く笑みを見せ、羽織っていたコートを脱ぎながらテンゾウとわずかに言葉を交わして奥の席についた。 それからはどうやって帰ったのか覚えていない。 ただ先ほどのカカシの腕の中の感触と、痺れるほどの甘い声が脳内でエンドレスにリピートされていた。 彼氏からのメールと電話にも気づかないほどに、の頭はカカシでいっぱいだった。 どうしたんだ、アタシ?! なんか・・・・ 久々に女性ホルモン大量放出って感じだわ。 多分、あのカカシっていう白銀の彼がすんごいかっこよくて そんな人と思いがけず接触しちゃったもんだから、化石になりつつあるアタシの乙女心ってやつが反応しちゃったのね。 ハァーバカバカしい。 ま、でもこんな事滅多にないだろうし・・・・ラッキーって思っとこ。 そうしてはきちんと現実に戻り、眠りについた。 時間はとすれ違ったカカシに戻り。 「珍しいですね、先輩がこの時間からくるなんて。」 「ん?まーね。」 カカシが来た頃には客は1人しかおらず、その客も先ほど帰った。 「ボク札をクローズに、」 「あぁ、もうしといた。」 「・・・やっぱり。」 カカシは決まって1人になりテンゾウが店を閉めるとカウンターに移動する。 今日は時間も時間で客がこれ以上来ることはないと踏んだのか、入る時点で扉にかかっている札をオープンからクローズにひっくり返してきたらしい。 「ま、今日はお陰で美味しい思いしたし〜vv」 「先輩、彼女固まってたじゃないですか。」 「え〜〜?別にオレなーんにもしてないじゃない。抱きとめただけよ?」 「ボクはムダに色気振りまかないでくださいって言ってるんです。」 「くくくっ、別にいーじゃない。オレ、持ってるものは出し惜しみしなーいの。ところでオマエ、あの約束忘れてないでしょーね?」 「・・・・・。」 「ふーん、んじゃあオレあん時の写真、」 「わぁぁああ!すみません、ちゃんと覚えてますって。」 「テンゾウくーん?オマエはオレに弱み握られてんのちゃーんと自覚しなさいねv」 「うぅっ・・・でも、約束果たしたら上手くいかなくてもちゃんと処分して下さいよ。」 「わかってるよ、オレもそこまで鬼じゃないしねー。」 テンゾウが握られている弱みというのは、 2人がまだ大学生だった時に、べろんべろんに酔ったテンゾウがやらかした時のことを写真におさめたものをカカシが持っているということで。 「でも先輩、ホントこれっきりですからね。」 「ん、当たり前じゃない。」 テンゾウはじとーっと疑う目でカカシを見ている。 「なーに、その目。オマエわかってないねー。」 「何がです?先輩なら別にこんな回りくどくて、しかも上手くいくかわからない方法使わなくても女性なら自然と寄ってくるでしょうに。」 「だからだよ。」 「は?」 「そんだけオレが本気ってことー。あの子ってさーなんか罠にかけて追いつめたくなる感じするじゃない?」 「・・・先輩、」 「わかってるよ、別にオレ変な趣味はないから安心してv」 あーあ、さんはオレも気にいってたのに。 テンゾウはせめて彼女がカカシのことを拒否するのをひたすら祈った。 それからしばらくテンゾウと他愛もない会話をして、ほろ酔い気分でカカシは家路についた。 帰りながら家につくまでの間、カカシはが初めてあのバーに来た時の事を思い出していた。 キョロキョロと落ち着かない感じで店内に入ってきた。 『あの、私フラフラと歩いてたら誘いこまれちゃって。』 そんな彼女にテンゾウは嫌な顔ひとつせず、にこやかにカウンターの席を勧めた。 そこからの会話はカカシには聞こえなかったが、テンゾウと話す感じは何とも楽しげで。 女性らしい、あたたかな声がたまにカカシの耳をくすぐる。 特別綺麗というわけでもないのに、柔らかに笑う顔にいつの間にか見入っている自分がいた。 彼女がちょくちょく店に来るようになってからも、特に話しかける訳でもなく カカシはいつもの奥の席に座り、外の景色との顔を見ながら店が閉まるのを待った。 初めて彼女が扉を開いて入ってきた時、 キミがここに誘いこまれた、なんて言うからいけないんだよ? だから、ちゃんとオレの罠にかかってね? その日バーに来たは少しいつもと雰囲気が違った。 あれからカカシとは何度も店内で一緒になったが、 あの日のことは本当にあったのかどうか自信がなくなるくらい 言葉を交わすこともなければ視線を合わせる事もない。 初めは気にしてみたりもしたが、舞い上がってもどうなる訳でもないと そのうちの意識から外れていった。 「テンゾウさん、もう一杯〜」 「さん、ちょっと飲みすぎじゃないですか。」 「お願い。」 「・・・じゃあ、ラストにすると約束してくれます?」 「ん。」 渋々テンゾウはのグラスにお酒を注いだ。 「アタシさ、」 「はい。」 「今日ずーっと付き合ってた彼氏とさよならしたんだ〜〜。」 「そうなんですか?」 「うん。大学の時からなんだけどね、まぁ結婚するかもなんて考えた時もあったんだけどさ ここまで長いとなにかきっかけでもないとそうはならないわけですよ。」 「ではさんから?」 「そう、ずるずるしててもしょうがないしさーまぁ向こうもそれは思ってたみたいでちゃんとアタシの次がいたみたい。」 「だったらムダに月日を重ねるより、さんの魅力をきちんとわかってくださる人をお探しになった方がいいですね。さんの判断は賢明ですよ。」 「あはは、テンゾウさんはっきり言うね〜。うん、アタシもそう思うんだけどねー。」 「心残りがおありで?」 「んーなんて言うのかなァ。彼との付き合いって、特に何かある訳でもなくて穏やかだったんだけどさ。激しく愛し合ってたとかそんなんでもないし。」 「でも多分、愛着はあったんだー。ははは。」 ひとつの恋の終わりに涙を流すでもなく、はそう言って静かに切なげに笑った。 「飲みすぎだよね〜テンゾウさんにこんな話しちゃって。」 「いえ。」 あぁ、ついにこの約束を果たさなくてはならない日が来てしまうとは。 テンゾウにしたらいつまでもそのタイミングが訪れなければいいと思っていたが。 どう考えても、今が絶好のチャンスとしかいいようがない。 先輩今日はちゃっかり来てないし。 あーあ、せめてさんが破って捨ててしまいますように。 「あの、さん・・・?」 「なーにマスター?」 うにゃーっとカウンターに突っ伏していた頭を上げ、はテンゾウを見た。 「これ、カカシさんから渡すようにって頼まれていたんですが。」 「は?」 そう言ってスッ、っとテンゾウがカウンターに置いたのは一見ただのコースター。 でもよく見ると、そこには住所らしきものが書かれてあった。 「あの、多分これカカシさん家だと思うんですけど。”オレのこと覚えてたらおいで”って。あの、別に受け取らなくてもいいそうです。」 「はぁ。これって・・・どういう?」 ナンパじゃないですか、と言うのは簡単だった。 けれどもこの時、あれほど上手くいかなければいいのにと願っていた自分が どうしてかはわからないが気づけばそう口走っていた。 「先輩との付き合いは長い方ですけど。こんな頼まれごと初めてですし、二度とする気もありません。」 酒に酔っていたのもある、 テンゾウにそう後押しされたのもある、 その日に長年付き合った彼と別れたのもある。 色んな条件が重なって、普段なら絶対そんな誘いに軽はずみにはずもないのに 気づけばタクシーに乗って運転手のおじさんに「この住所まで。」と先ほどのコースターを手渡していた。 でも後から思えばただ単にもう一度彼の甘い空気に触れてみたい、という気持ちが抑えきれなかっただけだったのかもしれない。 またしても、新たなカカシ先生&ヒロインに挑戦〜。 夜のおっとなーな雰囲気が出せればな、なんて思っています。 今回はテンゾウさんがかませに! 隊長ファンの方、・・・・怒らないでくださいね(汗 後半に続くvv |